最高裁判所大法廷 昭和40年(あ)878号 判決 1966年7月13日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人鈴木稔の上告趣意第一点について。
刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。けだし、右のいわゆる余罪は、公訴事実として起訴されていない犯罪事実であるにかかわらず、右の趣旨でこれを認定考慮することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法三一条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになるのみならず、刑訴法三一七条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法三八条三項、刑訴法三一九条二項、三項の制約を免かれることとなるおそれがあり、さらにその余罪が後日起訴されないという保障は法律上ないのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法三九条にも反することになるからである。
しかし、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない(もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり、従ってその点の証拠調にあたっても、みだりに必要な限度を越えることのないよう注意しなければならない。)。このように量刑の一情状として余罪を考慮するのは、犯罪事実として余罪を認定して、これを処罰しようとするものではないから、これについて公訴の提起を必要とするものではない。余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。
本件についてこれを見るに、原判決に「被告人が本件以前にも約六ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによって得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示していることは、所論のとおりである。しかし、右判示は、余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較的詳細に判示しているなど、その他前後の判文とも併せ熟読するときは、右は本件起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮したものであって、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑したものではないと解するのが相当である。従って、所論違憲の主張は前提を欠き採るを得ない。
同第二点について。
所論は、量刑不当の主張であって(所論のうち違憲という点もあるが、実質は量刑不当の主張に帰する。)、適法な上告理由にあたらない。
また、記録を調べても、刑訴法第四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって、同四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城戸芳彦、同田中二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城戸芳彦、同田中二郎の意見は、次のとおりである。
刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきこと、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではないことは、多数意見のいうとおりである。
本件についてこれを見るに、原判決は、所論のいうように「被告人が本件以前にも約六ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによって得た金員を飲食、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示している。この判示は、検察官の控訴趣意中、余罪についての主張に答えて、「記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を参酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察し……犯情が極めて悪質であり、その社会および被害者等に及ぼす影響が所論のとおり大きいものであるばかりでなく、」との判示に引き続いてなされているのであり、既に量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察した後に、右余罪事実を判示したものであるし、「同様な犯行をかさね」と断定している原判文より見て、右余罪の判示は、本件公訴事実の外に余罪の事実を認定し、これによって、特に重く量刑したものと認められる。然るに、右余罪については公訴の提起のないことは、もとより明らかであって、憲法三一条に反するばかりでなく、右余罪の事実中には被告人の自供のみによって認定したものもあること記録上明らかであるから、同三八条三項にも反するものといわざるを得ない(また、後日余罪について起訴された場合には、同三九条違反の問題が生ずるであろう。)。
しかし、本件犯行の態様自体に照らし、原審の量刑は、右余罪事実を除外しても、なお、不当とは認められず。右違憲は、判決に影響を及ぼさないことが明らかであるから、原判決を破棄する理由とはならない。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎)